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ここ3日ほど、キッチンの水道ノズルの調子が悪いので買い換えようという話題が出ていて
今日午前中に父がホームセンターでノズルを買ってきて付け替えた
それに対して仕事から帰った母が機嫌を損ねた

母曰く「私が一番使うのに」
商品選びに一緒に連れて行ってくれなかったのが不満らしい
ぼくからしてみたら使えればなんだって変わらないので
買ってきてくれたんなら手間が省けてお礼こそ言えど怒る理由がわからない
恐らく父もそう思っている

端から見ていて度々思うが
母と父は性格や思考回路が全く違っていて質問の意図と答えが違っているようなことがよくある
母は典型的な感情型の人で、父は実用を重視する人なので
今回のような喧嘩(というより母が一方的に愚痴をこぼすだけだが)を見ていると
よくこの人たち結婚したなと思う

母は癇癪持ちな方で細かいことですぐ機嫌を損ね小言を言う
父も怒りを隠さないほうだが押し黙って「怒っています」という圧を醸す
母はこの「黙っている怒り」が気に入らないようだった



ぼくは今まで姉妹とも両親とも友人とも喧嘩をしたことがない
具体的な人物に怒りを覚えたことが無い
ちょっとイライラすることの原因は大体自分が上手くやらなかったことについてで
理不尽に怒られたり敵意を向けられたりした時にも怒りよりも怯えが先に立ってしまう
相手がぼくを怒るのならぼくに原因があるし
ぼくの方から「怒ったぞ!!」という気持ちになったことがないので
母が怒るのを見ていると羨ましいなと思うことがある
20を超えたあたりから、子供のうちに理性を捨てて喧嘩したり怒り狂っておけばよかったと度々思う


怒らない人というと無害でいい人そうな感じがするけれど、
自分が怒らないからといって周囲から怒られることがあるということは
ぼくは怒りというものについて無頓着で、知らない間に周りを怒らせたり傷つけたりしているということだから
怒らない人が無害な人という論はおかしいことになる

実際にぼくは怒らせるつもりも無く行動をして人の怒りを買うことがままある
褒めたつもりの言葉が傷つけていたこともある
ぼくにとっては「理不尽に怒られた」ことであってもその人の中では一貫した理由があって怒っているのだろうから
それに沿わなかったぼくの行動や価値感が悪かったのだ

自分と考えが合わなかったり上手くやり取りができない人がいても
なんか大体のことは「この人はこういう人なんだな」と思ってそれ以上踏み込まない
あまりに自分と性質の差異が激しい人とは必要以上に関らない
きみはそういうやつなんだなと認める代わりにぼくも自分を曲げたことは無い
ぼくは謝るのが下手だ 喧嘩をしないから自分を折るのが下手だ
我を曲げるのがいやだから衝突する前に避けるし曲げなくて済む人としか深くは付き合わない
ここで自論を立てるなら「怒らない人」はすごく我がままだ

ここまで自分を分析しておいてなおぼくは自分を変える気にならない
正面からぶつかり合って認め合うような人間関係の築き方をできる人は尊敬するけれど
ぼくにはそういうのは無理だ


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